大阪堺の飲食店のブログ集客アドバイザー サンデボーテ

サンデボーテとはパソコンやデジタル家電が苦手な大阪の個人飲食店に対して集客の悩みや販促チラシの作成 ホームページやブログ制作などのネット集客のためのアイデアを飲食店オーナー様と一緒に伴走するネット集客アドバイザーです。

飲食の店長を経験もあって 店舗での家電や携帯の販売経験もあって
法人営業もしてて 洗車サービス立ち上げて趣味ブログが好きで
ホームページやイラストレーターを独学で勉強した結果
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ブログ集客コンサルタントであり陽の当たる場所へのネットナビゲーター
大阪府堺市出身


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朝からショックなニュースを目にしてしまった

 

www.oricon.co.jp

 

THE ALFEE、大阪国際女子マラソンテーマソングは「今年が最後」 特別番組も放送

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 ロックバンド・THE ALFEEが、カンテレ・大阪国際女子マラソンのテーマソングから今年の大会を最後に“勇退”することが決まった。30年以上にわたりランナーたちの熱い戦いを音楽で彩ってきた功績を称え、その歴史を振り返る特別番組『THE ALFEEが奏でた42.195kmの旋律』が、22日(深1:28※関西ローカル)に放送される。

 

 THE ALFEEが、大阪国際女子マラソンを中継するカンテレと初めてコラボレーションしたのは、1987年の第6回大会。提供された楽曲は「夢を急げ」。歌詞の“シナリオのないドラマ”という部分が、マラソンにリンクするという理由から採用された。

 

「最初はぴんと来なかった。走ってるところに音楽が流れて、それがどうリンクするのか本当にわからなかった」と語るのは、高見沢俊彦。実際の放送を見て、「大阪城をバックに雪が降っていて、僕らの楽曲とレースがものすごく合って美しく見えたんですよね。より感動的に見れて、映画のワンシーンを見ているような感じでした。マラソンと音楽がこんなに合うなんて、カンテレさんが僕らを選んでくれたおかげで、すごく新しいコラボが生まれたような気がしました」と当時を振り返った。

 

 

 それから、毎年、THE ALFEEの楽曲が番組テーマソングとして流れるようになり、「大阪国際女子マラソン」といえば、“THE ALFEE”といったイメージを持っている人も少なくないはず。高見沢も「僕らも2018年で結成45周年。長い道のりを僕らも走ってきたし、マラソンの選手たちも42.195キロの長い道のりを走っていく。僕らの音楽人生とマラソンランナーっていうのがすごくリンクするんですよね。毎年毎年、『今年はこうやってみよう』という自分たちの気持ちを、マラソンに託すことができる」と30年以上、楽曲提供を続けたことに対しての思いはひとしおだ。

 

 特別番組では、桜井賢、坂崎幸之助、高見沢のメンバー3人が、大阪国際女子マラソンの歩みを振り返りながら、テーマソングに込めてきた思い、最後となる今年のテーマソング「勇気凜々」へ込めたメッセージなどを語る。

 桜井は、1998年に「Beyond The Win」という曲を、長居スタジアムで生演奏したことが思い出深いという。100人のコーラス隊とアカペラで演奏するというプロジェクト。前日の強風の中、コーラス隊と練習し、大会オープニングという非常に重要なシーンで歌うというプレッシャーに、前夜からガチガチに緊張した。今となっては「あれはあれでいい思い出にできました」と笑う。坂崎も、選手に言われてうれしかったという、ある一言を打ち明ける。

 

大会当日の28日、『奥村組スポーツスペシャル 第37回大阪国際女子マラソン』は、正午からカンテレ・フジテレビ系全国ネットでレースの模様を放送。どんなドラマが生まれ、THE ALFEEの「勇気凜々」はそのドラマをどのように彩るのか。

 

■歴代テーマソング
1987年 夢よ急げ
1988年 It's Alright
1989年 High-Heel Resistance
1990年 FLOWER REVOLUTION
1991年 Arcadia
1992年 Someday
1993年 Running Wild
1994年 風を追いかけて
1996年 Glory Days
1997年 Liberty Bell
1998年 Beyond the Win
1999年 Beginning of the Time
2000年 自由になるために
2001年 Change the wind
2002年 Chaos(カオス)の世界
2003年 孤独な世代
2004年 夜明けの星を目指して
2005年 ZeRoになれ!
2006年 ONE
2007年 Dear My Life
2008年 Wonderful Days
2009年 Shining Run~輝く道に向かって~
2010年 GET YOUR CHANCE
2011年 Let It Go
2012年 生きよう
2013年 もう一度ここから始めよう
2014年 LOVES FOR ONE
2015年 One Step ~再始動~
2016年 風の翼
2017年 創造への楔
※1995年は、阪神・淡路大震災のため休止(当初の予定では「LIBERTY BELL」)

 

 

 

 

大阪城公園内のコースが電波障害受けやすくて、アルフィーのテーマソングかかかるようになってたはずです。

 

大阪城の空撮での雪の印象が確かに強いですね。逆転するポイントでもあるし。

 

 

コース変更で数年間実施のなかったはずですが、昨年復活して涙しました。

 

sundevote.hateblo.jp

 

創造への楔は歌詞が良過ぎで未だにヘビーローテションな曲

エレキな恋人の替え歌という評価はして欲しくない感じ

 

昨年はなんで勝負どころで実況入らないのかというツッコミでネットも荒れてましたが、平成も30年 伝統を知らない世代も出てきたということですね(遠い目)

 

今夜の特番 そして最後のアルフィータイム 盛り上がりましょう\( 'ω')/

 

 

 


狭山の近大附属病院病院が泉ヶ丘に移転することで泉ヶ丘プール移転することが決まったので個人的に注目している話なんですが、久しぶりに動きがありました。



  

近大医学部は昭和49年に開設され、50年には医学部付属病院が開院。その後、施設の老朽化が進んだことなどから、堺市への移転が決まった。移転をめぐり、近大が平成26年に府と堺市の3者で交わした「基本協定書」などでは、35年度に約千床の新しい病院を泉北ニュータウン(堺市)に建設▽堺市南区の近大医学部堺病院は閉鎖▽大阪狭山市の医学部付属病院は約300床規模で再編する-などの内容だった。

 しかし、今年秋ごろに近大が市などに示した変更案では大阪狭山市の医学部付属病院は閉鎖、さらに新設される病院の病床数も当初計画の約千床から約800床へ減らすなどとなっていた。堺病院は残すが、経営の譲渡を検討するという。

 近大の担当者は「地元の要望は理解できる」としたうえで、「計画変更の理由は人手不足と経済的要因にある。医師の退職や堺病院の経営悪化などから、大阪狭山市の病院を残すのは困難」と説明している。

 これに対し古川市長は「誠に遺憾で強い憤りを覚える。到底容認できるものではなく、計画変更の撤回、現状と同様の医療機能を確保することを強く要請する」と反発している。

一番大阪狭山市がフシアワセという結果に。


堺病院の閉鎖がなくなったことが遠因なんでしょうか。確か国からの払い下げだったよね。それを経営譲渡?

あの近さで近大の病院が3つになるのは大阪湾の飛行場と同じことですよね。

堺病院と近大狭山病院のアクセスの悪さが新病院へのきっかけじゃないのかと小一時間。(阪和第一病院と間違ってた。)

ようするにアレがああなってこうなったはず。(意味深)


新病院が1000から800に減るのはベルランド総合病院の巨大化や堺医療センターも理由の一つですかね。


まあこれはいろいろ揉めますよ。
どうなるか見守ることにしましょう。


いやー今シリーズは最後まで攻めきったシリーズでした。あれだけ創造的な破壊をしたらそら視聴率もとれますよと。

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初回だけで大地真央院長退場するとはおもってなかった。2話で野村周平も医者やめるし。
ゲスト登場の使い捨て方がウマすぎて震えてました。



昨日最終回は今季ドラマの視聴率トップの25パーセント越えで終了。まあああいうオチなにで続編は可能ですが、これで終わりではないかと。




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先日伊集院光とらじおとのゲストで彦麿呂さんがゲストに出ておりました。


元々幕末塾というアイドルのメンバーだったんですが、事務所の意向もあって3枚目の俳優に転向。主人公の友人としてのポジション俳優に定着してたわけです。有るとき「俳優業はちょっと熟成されたワインのようで、おっちゃんになってから出てくる味わいがあるとおもい、とりあえず生ビールくださいみたいな瞬発力のある仕事はしたいと直談判」

いわゆるレポーターの仕事を始めるわけですが、芸能レポートをするには性格が優しすぎるのは無理とおもって食レポというジャンルの内示だいに食レポという分野を開拓していったとのこと。


意識していたのはどうやったらうまく見えるのか


だれも教えてくれないのでどうやったらおいしく見えるのか全部自分で研究したそうで、駄菓子のレポートでも最初から全部の袋をあけて中身をみせて、チョコパイの断面もしっかりレンズに向けて、クリームたっぷりとレポートしていたそうです。


ラジオの時は形容詞や食感を語るために文字を増やしテレビは画面を意識して言葉数は少な目。カメラを引き連れてのれんをくくって店に入る時も、何もしないとカメラにのれんがあたるので、カメラが入り込むまでのれんを手にしたまま入店。


とんかつのアップは左から3切れ目
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とんかつを見せる時は必ず左から3枚目と決めてる。脂と肉と比率が一番大きくてきれいなので。


やっぱり第一人者はいろいろ考えているなと痛感しました。


飲食店のブログはインスタグラムは料理写真中心でいいとおもいんですよ。

見せる意識を持つことから始めましょう








やっぱり人気なかったようですね。

ファミマの忖度御膳

ファミマ忖度御膳



プレミアムフライデーによくありそうな弁当なんですが、なんで月頭の金曜日の発売なのかとおもってたら

ユーキャンの流行語大賞の発表日なのか
ユーキャン新語流行語大賞2017


http://singo.jiyu.co.jp/award/award2017.html#prize02



あえて流行してない言葉をチョイスする大賞の発売にあわせたというよりは、予定調和で忖度の大賞受賞が決まってて ファミマがそれに合わせて販売したということですよね。


インスタ映えでええですやん。

どうしてもあれに絡ませていきたいようでございます。

地元のファミマで5個入荷と書いてたけどその店では残り1個になってました。売れてるのかとおもったら次の店では

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売れてない 

これ中身見えないから買いにくはず。もっと中味見やすいパッケージにすればいいのにね。

WEBで評判を探ると










やっぱりね。顧客に忖度してない忖度弁当(笑

ファミマの責任者流行語大賞のノリで売れるとおもったんだろうか。ヘルシーならヘルシー弁当のほうが売れたようにおもいます。

名前も悪いし、コスパも悪い。12月にプレゼントするならチキンバーレルかケーキでしょうに。

値段に見合わないというか値ごろ感のない商品は売れない時代。

弁当よりも外食してすき家のローストビーフ丼とか食べるほうが満足感あるように思います。
飲食店でも値ごろ感ある店やインスタ映えしてるお店は流行ってますもん。

マーケティングしてもものが売れない時代を象徴した商品だったような気がします。
ノリだけでは売れないということですよ。



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